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神戸地方裁判所 昭和46年(む)783号 決定

被疑者 合宝来発

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する競馬法違反被疑事件につき、昭和四六年九月二二日神戸地方裁判所裁判官八木直道がなした勾留の裁判に対し、被疑者の弁護人前田修および同堀田貢から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原裁判を取消す。

本件勾留請求を却下する。

理由

一、本件準抗告の申立の趣旨並びに理由は、要するに、本件緊急逮捕は被疑者に罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由(犯罪の充分な嫌疑)なくして、且つ被疑事実並びに急速を要して令状を求めえない理由を被疑者に告知することなくしてなされたもので実質的にも形式的にも違法な逮捕であるにもかかわらず、これを看過して、右逮捕を前提として被疑者を勾留した原裁判は失当であるから、これを取消して本件勾留請求を却下する旨の裁判を求めるというにある。

二、ところで一件記録によれば、兵庫県灘警察署警察官が、被疑者に対する野球賭博を内容とする別件常習賭博被疑事件の容疑で、神戸地方裁判所裁判官の発した捜索差押許可状により昭和四六年九月二〇日午後三時前ごろ神戸市生田区北長狭通五丁目一八番地菊屋マンシヨン六階の被疑者宅を捜索中、右許可状の対象物件は発見できなかつたが、同居宅内の電話器の前からアラビア数字などの記載されたメモ用紙(以下単に本件メモという)一枚が発見されたこと同警察署司法巡査三佐靖俊は、右メモを証拠として同日午後三時零分、被疑者を競馬法三〇条三号の勝馬投票類似の行為をさせて利を図つた罪で緊急逮捕し、その後同日午後八時零分、同警察署司法巡査から神戸地方裁判所裁判官に対し、右被疑事実につき、逮捕状の請求がなされた結果、同日同裁判官から逮捕状が発布されたこと、および同月二二日神戸地方検察庁検察官事務取扱副検事から神戸地方裁判所裁判官に対し、右被疑事実につき勾留請求がなされ、これに対し同日同裁判所裁判官が別紙被疑事実に基づき刑事訴訟法第六〇条第一項第二号第三号に該当する事由があるとして勾留の裁判をなしたことがそれぞれ認められる。

三、そこで、本件緊急逮捕の適否について判断する。

先ず、本件緊急逮捕をするに際し、右被疑事実につき刑事訴訟法二一〇条一項所定の犯罪の充分な嫌疑を有したか否かを検討するに、一件記録および証人三佐靖俊の当裁判所に対する供述によれば、本件メモから前記警察官が本件被疑事実につき充分な嫌疑があると考えた理由は、被疑者に野球賭博の胴元としての常習賭博の嫌疑があつたこと、本件メモが被疑者宅の電話器の前から発見されたこと、本件メモのメモ形式は競輪、競馬のいわゆる「のみ行為」によく使用される形式のものであること、本件メモに〈11〉なる記載があるが、これは第一一レースの意味に解せられること、競輪は一〇レースまでしかなく、第一一レースということは競馬に関するレース番号であると解せられること、および本件メモの下方に〈オ〉なる記載があり、右記載を勝馬投票類似の行為をしたいわゆる張り客の名前を示す符号と解せられることを総合して、本件メモは被疑者が電話で張り客から勝馬投票類似の申込を受けたメモ書きであると考えたことによると認められるが、その当否を仔細に検討するに、一件記録および当裁判所の事実調べの結果からは、本件メモが被疑者の作成にかかるものであるとは認められず、また本件メモの〈11〉なる記載にしても、競馬以外に例えば競艇においても第一一レースがあることは明らかであるから、単に第一一レースなる意味の記載があるからといつて、にわかに競馬に関するメモであると即断することができず、もつとも、一件記録によると、本件メモ中の8/28、8/29なる記載はレースの開催日と解されるところ、右記載に合致する昭和四六年八月二八日、二九日の両日に小倉競馬場で競馬が開催されていたことが捜査の結果判明したことが認められるけれども、右捜査は本件逮捕後の同日午後四時ころに遂げられたものであり、本件逮捕当時右競馬開催の事実は判明していなかつたことは明らかであるから、これを本件逮捕当時における嫌疑の有無を判断する際の資料に加えることはできないというべきである。また仮に、本件メモが競馬に関するメモであつたとしても、本件メモ一枚だけの存在並びに記載内容から直ちに、被疑者が胴元として張り客から申込を受けたものであるとは断定し難く、かえつて被疑者が張り客として勝馬投票類似の申込をしたとの事実を認めうる余地もあり、(もし後者とすれば、被疑者は勝馬投票類似の行為をしたものとして同法三三条二号の罪に該当し、その罪の刑は一〇万円以下の罰金であり、従つて緊急逮捕の対象となる一定の重い罪に該当しないこととなる、)いずれにしても本件逮捕に際して、被疑者には本件被疑事実についていまだ充分な嫌疑はなかつたというべきである。

次に本件逮捕に際し、警察官が被疑者に本件被疑事実並びに急速を要して令状を求めえない理由の告知をなしたか否かにつき検討するに、当裁判所の事実調べの結果を総合すると、前記三佐司法巡査は本件メモを被疑者に示し、「お前競馬やつとるやろ、灘署に連れて行く」(或いは「来てくれ」か判然としない。)と被疑者に告知して逮捕したことが認められ、右告知は刑事訴訟法二一〇条所定の被疑事実の告知として粗笨のそしりは免れないにせよ、一応右所定の要件を満たすものであると解せられるのであるが、右以外に急速を要して令状を求めえない理由については何らこれを告知していない事実が認められる。

四、以上の次第であるから、本件緊急逮捕は罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がなく、且つ急速を要し裁判官の逮捕状を求めることのできない理由の告知なくして行なわれたものであるから、刑事訴訟法二一〇条一項に違反する違法なものというべきであり、かかる違法な逮捕を前提とする勾留は許されないものと解すべきところ、これを看過して被疑者を勾留した原裁判はその余の点を論ずるまでもなく失当であり、これに対する本件準抗告の申立は理由があるから、刑事訴訟法四三二条、四二六条二項を適用のうえ、原裁判を取消して本件勾留請求を却下することとし、主文のとおり決定する。

(別紙略)

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